タバコを吸うように、愛を燃やして煙を蒸していた。だから肺に空気を溜められなくて、名前も呼べなかったのだろう。それは、とても寂しかった。
サラサラと、目の前で呆気なく散っていったあなたの最期は美しいようにも思えたのだけれど。
『ああ、たいへん嫌だなあ。』
風に舞っていって、最後に残ったのはその苦い想いだけで、それはまるであなたの核心が“そういうもの”であると言われたような気がして嫌だった。
だけれどトリは、あなたが好きだから。あなたにまつわるもの全て、嫌とは思いたく無かった。
そのいたく苦しいこと、されど楽なこと。盲目的に、あなたに嫌いなところなんて無いと思い込んで、それがいいことであると信じたい。そうだ、嫌よ嫌よも好きのうちなんだよ。
『私はあなたの全部が好き。』
……などというのは、つまりは、自分自身の心を守りたかっただけなのだけれども。
なかなかどうして、むしゃくしゃとしてしまう。
けれど倦むべきはあなたではなく、そうさせた運命と、わずかにでもそう思ってしまったトリの心であって、あなたは何一つも悪くないんだよ。
だから『ごめんなさい。』
沢山が重なって、吐息の代わりに出るものといえば、ありがとうや挨拶などではなく、その言葉だけだった。
吸息の代わりに吸い込むものといえば、陽気や明日の匂いではなく、後悔ばかりだった。
それじゃあ、まるで満足に息ができないではないか。胸が詰まって、陸で溺れてしまって、たいへん藻搔いて足掻いても、トリはただの三寸たりとも水面には近づけやしない。あぶくだけが先走って、遠く遠くへいってしまう。
ああ、その、なんとも哀れなこと!
あなたが、ユピが死ぬということは、トリにはそういうことだった。
なのでトリは、あなたの血を浴びて堕ちた後、ジャックに切り裂かれた後。バラバラになった心と体をあなたの記憶で繋ぎ止めた。
最中でトリは自分がユピだと信じ込んで、思い込んで、やがてユピになって、そうしてようやく悲しみを終わらせようとした。そうして思い出にそっと蓋をした。
けれどもようやく見えなくなった悲しみは、手のひらで包み込んでしまえそうな程の血英に、月が満ちていくように少しずつ思い出されてしまった。全て思い出したとき、ユピトリは小さな体で満月を背負っていた。
朧げで荘厳で、無垢の裏で傷の絶えないそれは、一羽のただの鳥には重すぎてしまって。涙の乾いた塩味の路に、結局全部嫌になってしまう。
そういうわけで、欠けた教会の天井の下で、ユピトリは今一度自分の姿を見てけたたましく鳴いた。青い天上に響く声こそは、いつまでもユピとトリと同じだけれども。そっくりだけれども。
ご覧よ。ユピにヨタカの羽衣はあっただろうか。トリに少女の瞳はあっただろうか。
ないだろう?ないでしょう。そして少し以前を思い出す。
『お前の名は?』
と問うルイに、あなたが答えた名前はこうだった。
『……ユピトリ。』
…これもまた一つ、陳腐な物語ではあるけれど。彼女も記憶を失った一人として新たな道を歩むしか無かった。
でも、だけども、記憶が無くなって、それから出会ったあの子がとても好き。それから見た景色が好き。それから触れた空が好き。
ああそうじゃないか。イオと出会った日からずっと、いつだってそこにいたのはユピトリであって、もうユピもトリも無かったんだ。もう二人の想いなんて無かったんだよ。
大切な二人を忘れてしまったんじゃなくて、大切な二人はもうなくなってしまっていたんだよ。
けれどね、ユピトリの体も心も、金平糖のような記憶で出来上がっている事は忘れてはいけないんだよ。だから、ユピトリが次に言う言葉は二つだけ。
「ごめんなさい。さようなら。」
トリがあなたを想っていたように。ユピトリは真っ白なあの子を想うの。