「何故…て言われても、話すと色々長くなる…というか……っ!! ユピトリ! イオ!?」
最後にやってきた彼女が口にした名。ここに来て初めて知った狩人の名を覚える隙に、膝の上で休むユピトリへと駆け寄るミア。真っ青な顔色のまま慌てふためく彼女の豹変に、流石の半獣も目を覚ます。そして安心させるかの如く、不安げに覗き込む彼女の小さな頭を比較大きな獣の手で包み込む。
大丈夫だよ? もう平気だよ? 自身の羽は返り血で汚れ、あちこちに生傷が見え隠れしているというのに……普段の幼げな様子とは裏腹に、他人を気遣っての人間性溢れる行為。ユピトリからすれば単に想い人の受けおりの様な物だったが、また失ってしまう恐怖に駆られた彼女からすれば、それだけで心の余裕を取り戻させるのには充分であった。
ごめんなさい、ありがとう……取り乱しすぎた事への謝罪を口にした彼女は、うって変わって目をキッと細め、狩人へ向け鋭い睨みを利かせる。それに当てられた彼はバツの悪そうに帽子を深く被り、血塗れの瞳を隠している。
「何故、どうして…よりによって貴方が……」
「……貴公がその獣と関わっているのが分かっていれば、決して手など出さなかった」
「そういうことじゃない! 分からないの!? 何で私が怒って……っ!」
「ミア、あの、私は、だいじょうぶ―――」
「怪我人は大人しくするっ!」
「あぅ…あい……」
「貴公、いつから赤剣と共に?」
「その話は今じゃなきゃダメなの? どうして貴方はそう……ええ…ええ、そうよね…分かってたわ。だって貴方は『血塗れの狩人』だもの。汚物を狩り尽くすことが使命なのよね。それで、どうするの? 貴方が汚物と見なした彼女たちと、一緒にいる私達は?」
「貴公何をっ……先にも言ったが、もはや剣を交える気は微塵も無い……それだけは信じて欲しい」
「そう願うわ……ここまで来てまた奪われる。それがよりにもよって貴方の手で、なんてこと…耐えられそうにないから」
先程とはまた異なる重さの雰囲気が辺りを包む。二人とはまた違った関係を築いていたであろう事が想像できるが、叱られている子どもの如くガラリと変わり果てた狩人に思わず毒気を抜かれてしまうルイとヤクモ。
そんな時、イオは怒れる前の彼女の口から出た、とある事が気になっていた。
「人間の家族……?」
「……そうだ貴公、その家族はどうした? 保護したと言っていたな」
「あの人達なら、そこに……あなた達、もう大丈夫よ!」
彼女の号令が掛かると共に、瓦礫の影から恐る恐る顔を出す小さな男児とその両親。彼等は狩人の方を見やると一礼し、恐れを見出すどころか笑みすら浮かべていた。
「……知り合いなの?」
「偶然の出会いだ。唾棄すべき汚物共から逃げ出し、追われているのを見かけてな。放っておく訳にはいかなかった。かの獣と対峙する前のことだ」
「吸血鬼から……じゃあ、貴方はユピトリがそいつ等の仲間だと思ったってこと?」
「貴公は違うかもしれんが、私にとって奴は未知だ。一見は堕鬼にしか見えぬ奴を警むな、とはならんだろう……つまりは、そう言うことだ」
「それは……そうよね」
もっとも戦いの最中、私情が混入した為に必要以上なまで乱戦してしまったことは猛省すべき点ではあるが……ヴェルナーの言い分を聞いたミアは己もぶつけすぎたことに気づき、気まずさから口を閉ざした。
それでも彼に謝らなかったのは、永らく居なかった新しき友人を傷つけられ、獣と呼称した彼に思うところがあったからなのだろう。どこか釈然としないそんな彼女の思いを何となしに察していた彼だが、それでも譲れぬ『狩人』の思いが邪魔をし、自身もまた口を閉ざしたのだった。
「そっか、あの人達、悪い人……なら、人間、助けた狩人、いい人? だよね?」
それとはまた別に、ユピトリの中でずっとふわふわしていた彼の立ち位置が決まろうとしていた。悪いヒトから良いヒトへ、自分が受けた痛みなどもう忘れたかのような彼女の口ぶりに、周りの吸血鬼たちの刺々しかった雰囲気も柔和に解かされていく。
「あの家族のことは、以後はこちらに任せてもらえないか? 聞けば行く当ても無いと言うから、俺の知り合いの保護シェルターの場所を教えた。献血程度には頼まれるだろうが、少なくとも多少の安全は保障できる」
「そうか…………悪いな、赤剣。先程の非礼を詫びよう」
「……いや、俺の方こそ、悪かった」
「……世話になった、彼等を頼む」
そう言い残すと、狩人は自信の得物を軽々と背負い、そそくさとこの場を去ろうと足を動かしていた。正直なところ、今の思考の渦に呑まれていた。未知の獣もどき、人形、赤剣の一行、そして彼女……一偏に多くの邂逅へ頭痛を覚えそうな心の余裕がなく、新たに得るやもしれぬ啓蒙を整理したくて堪らなかったのだ。
そんな彼に、思いもよらぬ一声が届く。
「なあ、血塗れの狩人さんよ。あんた俺達と一緒に来る気はないか?」