やっぱり。死んでなんか、やるものか。
死んでなんかやるもんか。
体を。背中を伸ばすと、傷んだ体が軋みました。その痛みに、なんだか生まれ変わったような心地がしたのでしょう。
今日は何月何日だろう。
日付に生きる必要なんて無かったユピトリは、この時初めて、自分の生まれた日を欲しがりました。
誰かに、おはようと、祝って欲しかったのです。
ハッピーバースディ、ユピトリ。
何度だって生まれ直せてしまうあなたの、何度目かの誕生日。数なんてもう、いくつあったって足りやしないので、ここにカレンダーがあったって、きっと意味なんてなかったでしょう。
ユピトリは、くるり、と辺りを見渡します。ぐるり、と辺りを見渡します。
知らない壁、知らない天井。散らかった本の山。
予感なく訪れたここは、さあ、一体どこだろう。
私は。突然の、寒たい冬の、森の中。雨雪の溜まった空の下に倒れたはずだった。
ニアが、ここまで連れてきてくれたのだろうか。同じくらいの背丈だもの、濡れそぼった私の体は、きっと重くて持てやしないだろう。
ソファの上に投げられた上着は、なんとなく見覚えがある。これはきっとジズのものだろう。
ということは、ここはジズの家?ジズの部屋?
…ちょっと、きたないな。なんて、彼女が言えた義理ではありませんけれど。
確信はないものの、きっとジズが、自分をここに連れてきてくれたのでしょう。なら、お礼を言わないと。
そう思って、ベッドから飛び降りたものの、ユピトリは足の裏、床の冷たさにしかめ面をしました。
寒さはもうこりごり。
そういうわけで、彼女は着替えることにしたようです。
淡い、檸檬色の牙装を脱ぎ、重い、月に映える色の上着を手に取って、袖を通します。
暖かい上着に、別の生き物の匂いが混じりました。
彼女の牙装には、プレゼントの箱についているような青いリボンがついていますが、これはとても大事なものですから、ユピトリは優しく取り外して、自分の腰の周りに結びつけました。もう一つ、持ってきた白い花も忘れずに、一緒に結びつけました。
靴もあれば、もっと良かったかもしれません。彼女が自分の足が、昔、みんなのように人のようだった事を思い出せたなら、もっともっと良かったかもしれません。
さあ、準備ができました。
脱いだ自分の抜け殻を、大切そうにベッドに干してから。本の摩天楼を通り抜け、彼女は部屋の外へ出ていきました。
その間も、指揮者は歌い続け、彼の行方を辺りに知らしめます。
心を見せたがらない彼の代わりに、心をひけらかすのです。
「____♪」
その息が、もしも声に変わったのなら。
あなたは。
…きっと、何もしないということをするのでしょう。
部屋を出たユピトリの目の前に、涼しい雰囲気が纏わりつく。
『もういくの?』
あなたが眠りに落ちて、どれくらい経ったのでしょう。
外は騒がしくて、空気が悪い。
近づく雰囲気に、人の姿を見る。
『気をつけてね』
同じ背丈の、女性だった。足元は透けていて、それでも目は合った。
姿の透けている女性は、触れられない手でユピトリの髪を撫でた。
「目覚めたか 客人」
別の声がすると同時に、女性の雰囲気は一瞬で消え去って、見えなくなった。
少し遠くに背の高い人間が立っている。長い髪を後ろで東ねて、赤い目をしている。
その人間はユピトリに近寄って、見下ろした。
「体調は?」
険しそうな目をしているが、そうでもないようだ。言葉の尻が柔らかい。
ユピトリの額に手の甲を宛てる。大きな手だ。
「飯は食えるか」
「食えるなら、部屋に戻れ。持って来させる」
背の高い人間はユピトリを部屋に戻るように促すと、再び扉を開けた。
また見えるごちゃごちゃした部屋。
「飲み食いタダだ 喜べ若造」
ほんのり口角をあげて、笑った。
____
何日経った?
何日経った!!??!
「元気だ!アッハッハ!!!どうしよう!全然死ねそうにない!!!」
体感5年歩いたジズは、服が雨で重くなっても、唇が青くなっても、目眩がしても、体感5年一言も喋らなくても、倒れなかった。
だから、倒れてみた。仰向けに。
空を見る。腹が立つ。
「…………」
天に手を翳して見る。爪の間に汚れが溜まっている。
ああ池に浸かればいいだろうか。花を踏めばいいだろうか。
「ボクは、自由以外に興味がない」
「ボクは、面白いこと以外、興味がない」
「ボクは、つまらないことが嫌でたまらない」
「…」
ジズは黙り込んで、挙げていた手を下ろして顔を覆って、消えるような声で呟いた。
「ネモ」
「____はい」
数秒経って、別の声。別の人間。黒い上着を身に纏って、今様色の髪。
仰向けのジズのすぐそばに現れて、立っている。
「助けて」
「…ええ。勿論です」
ジズの泣きそうな声に返事をして、ネモはすぐさま懐から刃物を取り出して、ジズの首スレスレの地面に突き刺した。
「退いてください、あなた。でないと食べてしまいますよ」