4章 39


 想像したことは、誰にでもあるでしょう。絵本の登場人物になりきって、勇敢に剣を掲げること。物語の登場人物になって、事件を解決していくこと。


 もし、ヤギが牙を持っていたら。もし、オオカミが草を食んでいたら。そんなの、おかしいでしょう。

 彼のいう通り、確かに彼女はバケモノでした。動物の見た目をした、一匹のバケモノでした。


 バケモノには、情緒なんて必要ありません。規則も法則も、命も愛も必要ありません。楽しければ、なんだっていいのです。彼女にとって全ては、夜に眠る前のお話でしたから。


「うふふ。悪い魔女と灰のお城、君はお姫様で私はドラゴン。最後はどうなったんだっけ?どうでもいいから忘れちゃった。あはは。」


 真っ暗なバケモノに投げ捨てられて、描く弧の半ばで、屋根裏の悪魔は笑います。大きな声で笑います。それは、地面へ落ちて、泥と雨水に彼女の姿が消えた後も、反芻して聞こえるでしょう。残念ながら、彼女はどこにでもいるのです。


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 賢い狡さは、彼女の一番嫌がるものを知っていたのでしょうし、それが袋小路に追い詰められた苛立ちから逃れる術であることも知っていたのでしょうけど。


 不思議なことに、彼女は思うほど嘆くことはしませんでした。もちろん、こころを覗けば悲しみに打ちひしがれているところはあります。頭を抱えているところもあります。


 さらにそこを虫眼鏡でよく見ると、細く、細く笑んでいる彼女もいます。それが何か言っています。何か言っています。何か、言っています。


 彼の後を追う中で、彼女はまたねと言っています。散りながら、そう言っています。


 拙い狡さは、彼の一番嫌がるものを知っているつもりでしたし、それが手詰まりの卓上から次を見つけるためのつもりだったのでしょうけど。


 馬鹿馬鹿しい愛だなぁと、Xiは頬杖をついた。


『まぁ、貴方は、アリですヨ。』


 一体いつの間にここにいたのでしょう。けれど大体を見ていたXiは、重い腰を上げて遊具か

 ら立ち上がり、彼を鞠のように蹴り上げた。


 もう彼は散ってしまったのですから、正確には彼の存在を、と言った方が正しいのでしょうか。それとも彼の塵を、といった方が分かりやすいでしょうか。


 ともかく、向こうに大きな雷が落ちたのをいい事に、Xiはユピトリを月へ連れて行ったように、けれど今日は雨が降っているので雲の上あたりまで、彼を連れて行きました。


『恥じてくださいネ。天というのは、針の穴より小さな門を通らなければ行けません。そこには、救いはありません。天原に見えるのは、あおいそらです。』



「やかましい雷ですね」「ええ鬱陶しい」「僕じゃ貴方に直接餌を供給できませんが」「構いません」「手先は器用ですか」「勿論」

 鼠もカラスもない、ない。見せられていない。ああ、成る程。娯楽か。ふうん。


 同じ組織に属しているだけで、別に、全員が同じ志を掲げているとは限らない。たとえば平和を夢見るもの、人間界に浸かるもの、気ままに生きるもの、暴食を尽くすもの、愛に飢えるもの、そういうもの。でも、目的を明かしてしまうと、そこへ「向かわなければならない」。だから明かさない。明かさ「ない」。ウキウキでしゃぼん玉を吹いて、手で握り潰す。食べて、ゲロを吐く。たとえば魔人になる。たとえば、鳥になる。たとえば、神になる。たとえばこうやって、ばけものを

 からかう。

「ご機嫌。いかがですか」

「_____………、…エル?」


 たとえば、宇宙は無限である。尽きず、限界がない。そういうことだ。カァカァと集って、ワタシに戻っテくる。私は鬼を倒すモモタロウでしたけど、鬼へ寝返って、裕福でうつくしい無限の宇宙を手に入れた。

 しっていますか?のらりくらり生きているやつは信頼されなくて、さいごは呆気なく朽ち果てる。しっていますか?虫をつぶす感覚。しっていますか?脳をすする多幸感。しっていますか?影になる優越感。


 彼らの目を通して、指名手配のあれを見た。四肢をそこらじゅうに浸からせているものだから、彼らが笑っている。指名手配がどこへ行こうと、どこで何をしようと、それを追おうものなら。動物を蹴飛ばしているようで気が萎える。せいぜい、虫にくだらないよう頑張ってもがいてほしい。せいぜい、あなたの王様があなたを忘れる選択肢を選ばないように、慎重に走ってほしい。道がないのなら、もう、仕方ないけれど。道を消したのは、塞いだのは、私ですけれども。


 異界と呼ぶのがきっと正しい。研究者は、節々に違和感を感じながらだるそうに瞼を開いた。ああもっと、説明をしてほしい。説明のなされなかった脳は、重くて、曇っている。


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